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東京地方裁判所 平成7年(ワ)23009号 判決 1997年10月31日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金四四〇〇万円及びこれに対する平成六年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告との間で、金銭消費貸借契約と通貨スワップ契約を組み合わせた「オーストラリアドル円コンビネーションローン」を締結した原告が、被告の契約締結時における説明義務違反、締結後のアフターフォロー義務違反及び中途解約に応ずべき義務違反によって損害を被ったとして、被告に対し、不法行為若しくは債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告は、株式会社東京銀行と株式会社三菱銀行とが合併して設立された都市銀行である。

(二) 原告は、当時、ガソリンスタンドを経営する訴外矢崎燃料株式会社(以下、「矢崎燃料」という。)の代表取締役であり、被告(合併前の株式会社三菱銀行)滝野川支店の支店長や社員から、オーストラリアドル円コンビネーションローン(以下、「本件ローン」という。)の勧誘を受けて、右ローンの取引を行うこととし、後記3の契約を締結した。

2  本件ローンの概要

(一) 本件ローンは、金銭消費貸借契約(以下、「円ローン」という。)と通貨スワップ契約(以下、「通貨スワップ」という。)を組み合わせたものである。そして、右通貨スワップでは、予め定められた通貨交換の予約レートに従って、一定期間にわたり、特定の期日(通貨交換日)ごとに、本件ローンの顧客(円ローンの借主)が銀行(円ローンの貸主)からオーストラリアドル(以下、「豪ドル」という。)を受け取り、銀行が本件ローンの顧客から円を受け取る仕組みになっている。この通貨交換日に、豪ドルと円の交換と併せて円ローンの利息の支払いも行われて清算される(この日を「利払日」ともいう。)。

(二) したがって、各通貨交換日における外国為替相場が、通貨スワップで定められた予約レートよりも円安のときには、本件ローンの顧客は、通貨スワップによって受け取る豪ドルをさらに円に交換することにより為替差益を受けることになり、円ローンの利息支払額が減少し、その結果、本件ローンにおける実質金利を軽減することができる。他方、右予約レートよりも円高のときは本件ローンの実質金利は増加する(予約レートは損益分岐点である。)。

すなわち、本件ローンは、円安期待型の商品である。

3  豪ドル円コンビネーションローン契約の締結

原告は、被告(滝野川支店)との間で、平成二年七月二六日、本件ローンについて次の内容の契約(以下、「本件契約」という。)を締結した。

(一) 原告は、被告から、下記の約定で、ユーロ円三億円を借り入れる(以下、「本件円ローン契約」という。)。

元本弁済期 平成七年七月二六日一括返済

利率 年八・一パーセント(固定金利)

利息支払方法 平成三年一月から平成七年七月まで、毎年一月二六日と七月二六日(合計一〇回、ただし、応当日が休日のときはその前日)限り、六か月分の利息を後払いする(ただし、年三六〇日の日割計算)。

(二) 原告は、被告との間で、下記の約定で、豪ドルと円とを交換する(以下、「本件スワップ契約」という。)。

通貨交換日 平成三年一月から平成七年七月まで、毎年一月二六日と七月二六日(計一〇回、ただし、応当日が休日のときはその前日)

予約レート 一豪ドル一〇五・二七円

被告の支払額 被告は、原告に対し、毎回、三〇万四二〇九・一八豪ドルを支払う。

原告の支払額 原告は、被告に対し、毎回、三二〇二万四一〇〇円を支払う。

4  本件契約の実質金利の増減の可能性

本件スワップ契約の通貨交換日(本件契約の利払日)における為替相場が、一豪ドル一〇五・二七円よりも円安であれば、原告は、被告から受領する豪ドルを改めて円と交換することにより、為替差益を日本円で得ることができ、本件円ローン契約の利息と清算すると、本件契約の実質金利を軽減することができる。

逆に、一豪ドルが一〇五・二七円よりも円高になると、為替差損を生じ、その分が本件円ローン契約の利息支払額に加算されることになる。

5  本件契約における実質金利の状況及び原告の支払状況

本件円ローン契約における利息及び本件スワップ契約における損益は、別紙「本件コンビネーションローンの金利等推移」表のとおりであるところ、原告は、被告に対し、第一回から第七回までの利払日に、本件円ローン契約の利息と本件スワップ契約における損益とを決済した金額(以下、「清算金」という。)を支払ったが、第八回から第一〇回までの清算金は支払っていない。

二  原告の主張

1  説明義務違反

原告は、金融商品や外国為替について全くの素人であった。他方、本件ローンは、一般になじみのない商品である上、豪ドルと円の為替相場の変動によってその実質金利が大きく左右される非常に危険なものである。したがって、本件ローンの取引を勧誘する被告においては、本件ローンのかかる危険性(為替変動リスク)や、右の危険性が現実化した場合の対処方法について顧客が真に理解するまで説明をすべき義務がある。しかるに、被告の担当者は、本件ローンの仕組みや危険性についての説明を殆どせず、また、危険への対処方法についての説明をまったくせず、ただ、実質金利は本件円ローン契約の金利である年八・一パーセントをかなり下回ることになることのみを強調して述べて、本件ローンの取引を勧誘し、原告にその旨誤信させて本件契約を締結させ、三億円もの貸付を行った。 2 アフターフォロー義務違反

本件ローンにおいては、取引期間中の豪ドルの為替相場の変動によって顧客の利害に重大な影響が及ぶのであるから、豪ドルの為替相場について知識や判断力のない顧客に対しては、本件ローンを提供した専門家としての責任として、契約締結後、顧客に不測の損害を及ぼさないようにアフターフォローをすべき義務がある。具体的には、本件契約後において、被告は原告との間で、緊密な連絡をとり、どの段階で損切りによる中途解約をするか十分に話し合うなどの適切な対処をすべき義務があったのであり、新長期プライムレートが本件契約における実質金利よりも下がった時点の直後である平成三年七月二六日までには、本件契約を解約するようにアドバイスすべきであった。しかるに、被告は、右義務に反して、適切なアフターフォローを行わなかった。

3  中途解約に応ずべき義務に対する違反

本件商品は、前記のとおり為替変動リスクを伴うものであり、本件ローンの取引を勧誘した主体が銀行という公共性の高い者であることにかんがみると、信義則上、被告には本件契約について中途解約に応ずべき義務がある。原告は、平成三年七月ころ、被告に対し、本件契約の解約を申し入れたところ、被告は、解約はできないとして原告の申し入れを拒絶した。

4  損害

(一) 説明義務違反による損害

説明義務違反がなければ、原告は、本件契約を締結することはなく、したがって、本件契約に基づく清算金を支払うことはなかった。他方、原告は、借入元本である三億円に対する通常の利息(新長期プライムレートによる利息)についてはこれを自ら負担せぎるを得ない。そして、原告が既に支払った清算金額は一億一三八五万二二二〇円であり、他方、三億円に対する新長期プライムレートによる五年間(本件契約における清算金の支払期間)の予定利息は七五〇〇万七一九二円である。したがって、この差額である三八八四万五〇二八円が原告の被った損害である。

(二) アフターフォロー義務違反による損害

新長期プライムレートが本件契約における実質金利よりも下がった時点の直後である平成三年七月二六日(本件契約における第二回の利払日)までに本件契約を解約するようにアドバイスを受けていたならば、原告は同日までには本件契約を解約していたはずである。そうすると、本件契約における第三回から第七回までの原告の既払清算金額九三七七万七七三一円から、キャンセル料二〇六四万八六七三円及び三億円に対する新長期プライムレートによる四年間(平成三年七月二六日から平成七年七月二六日までの期間)の予定利息五六一三万六九八六円を控除した一六九九万二〇七二円が損害である。

(三) 被告が解約に応じなかったことによる損害も前記(二)と同様である。

(四) 弁護士費用

原告は、本件解決のために被告を相手方とする調停申立てと本訴提起を弁護士たる原告代理人に依頼したが、被告の債務不履行ないし不法行為と相当因果関係にある弁護士費用相当損害金は少なくとも六〇〇万円である。

(五) 原告は、被告に対し、平成六年七月二二日、本件損害賠償の支払いを催告した。

5  以上より、原告は、被告に対し、債務不履行または不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記4(一)と(四)の合計額四四八四万五〇二八円の内金四四〇〇万円(予備的には前記4(二)または(三)と(四)の合計額二二九九万二〇七二円)及び前記4(五)の後である(不法行為の日の後でもある)平成六年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  被告の主張

1  被告には、本件契約締結にあたって説明義務違反はない。

すなわち、原告は、矢崎燃料の代表取締役として、長年、銀行取引の経験を積み、その貸出金利について詳しい上、ガソリンスタンドを経営するという仕事柄、為替相場の変動については十分理解していたものである。したがって、被告の原告に対する説明義務の範囲・内容としては、

<1> 顧客の負担する本件ローンの実質金利が為替相場の変動によって左右されるものであり、円高が進めば本件ローンの実質金利が円ローンの金利よりも上昇する危険性があること、

<2> 豪ドルと円の交換レートがいくらになれば顧客の負担する本件ローンの実質金利がいくらになるかということ、

<3> 先物為替予約をすることによって、その時点以降の為替変動リスクを回避できること

で足りる。

そして、被告滝野川支店の社員らは、原告に対し、本件ローンの案内のための書面である「Aドル/円コンビネーションローンのご案内」(以下、「ご案内」という。)を交付した上、本件契約においては為替の変動リスクがあること、損益分岐点である予約レートがいくらであり、豪ドル円の為替相場の変動によって本件契約の実質金利が具体的にいくらになるかということ及び為替リスクの回避の方法として先物為替予約があることについて、数回にわたり、十分説明した。

したがって、原告は、本件ローンの仕組みや危険性について十分理解した上で、借入金を株式投資に運用することを強く希望したことから、自らの判断で本件契約を締結したものである。

2  被告には、アフターフォロー義務はない。

3  被告は、原告に対し、所定のキャンセル料を支払えば本件契約を解約することは可能である旨話したことがあるが、原告は、結局、本件契約の解約の申し入れを行わなかった。したがって、被告には義務違反はない。

4  過失相殺

仮に、被告に債務不履行責任ないし不法行為責任があるとしても、原告の能力、銀行金利や為替相場に関する知識、被告の社員の説明の内容、中途解約に関する原告及び被告の対応等を考慮すれば、本件損害の発生もしくは損害の拡大については、原告の落ち度によるところが大であるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

四  争点

1  説明義務の内容及び義務違反の有無

2  アフターフォロー義務の有無及び義務違反の有無

3  中途解約に応ずべき義務の有無及び義務違反の有無

4  損害額

5  過失相殺の成否及び程度

第三  争点に対する判断

一  取引経過について

争いのない事実及び証拠(<略>、証人増子勝夫、同猪野誠、同坂野宏常の各証言、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨及び以下に引用の各書証)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和二九年四月から訴外矢崎石炭株式会社の取締役に、次いで、昭和四三年五月から矢崎燃料の代表取締役に就いた。矢崎燃料(前身である矢崎石炭株式会社)は、昭和三三年ころから、合併前の株式会社三菱銀行滝野川支店との間で、運転資金や設備資金等のために融資を受けるといった取引を継続してきた。なお、矢崎燃料は、昭和三九年ころから現在までガソリンスタンドの営業を行っており、本件契約当時、被告滝野川支店にとって重要取引先であった。

2  被告滝野川支店の支店長であった長岡邦寛(以下、「長岡」という。)は、平成二年三月から四月ころにかけて、矢崎燃料を訪れて、原告に対し、本件ローンを勧めた。ただし、長岡は、具体的な資料等を持参していなかった。原告は、当初は乗り気でなかったが、被告との従前の取引関係を慮ったこともあって、勧誘に応じる方向での返事をした。

3  同年四月ころから六月ころにかけて、被告滝野川支店の副支店長であった増子勝夫(以下、「増子」という。)や社員の猪野誠(以下、「猪野」という。)が、数回、甲野燃料を訪れ、「ご案内」などを持参し、本件ローンの取引の勧誘を行った。

なお、原告が本件ローンの借入金を株式に投資することになったので、増子は、原告に訴外ダイヤモンド投資顧問株式会社を紹介したが、同社では個人との間でいわゆる特金運用の扱いをしないことがわかり、同社に株式投資を委託するという話は立ち消えとなった。

4(一)  同年六月中旬ころ、増子と猪野は、矢崎燃料を訪問し、原告に対し、「ご案内」や、豪ドルの為替の変動を表わしたインデイケーションを示しながら、本件ローンの説明を行った。

(二)  「ご案内」には、まず、本件ローンの取引の概要として、「中長期ローンにオーストラリアドルと円の通貨スワップを組み合わせたものです。」との記載があり、以下、「取引内容」と「本ローンの特徴とコストの試算」の項がある。「取引内容」の項には、円ローンの借入額(五億円)、通貨スワップでの六か月ごとの支払額及び受取額等並びに通貨スワップによって顧客が受け取った豪ドルを、「為替市場で売却して円貨に変えていただき為替差益を手に入れることで、貴社の円ローンの金利を実質的に低めることができます。」との記載がある。「本ローンの特徴とコストの試算」の項においては、調達コストの試算式に次いで、「実質的な貴社の調達コストは、今後のAドル/円の為替相場次第で変動することになります。つまり、Aドル売/円買為替レートが現状のレートよりも円安になればなるほど、受取円貨額が増加するため実質借入レートは低下します。」とあり、相場が不利に働いたとしても損益分岐点までは円ローンの金利を下回ることがない旨の記載もある。さらに、「このように金利部分はAドルと円の為替リスクを負うことになりますが、元本部分はあくまで円建てであり、為替リスクは全くありません。また、金利部分についても円安が進んだ時点で先物予約をすることにより事前に借入レートを確定することが可能です。」との記載がある。そして、最後に、Aドル/円為替レートごとの借入レート(実質金利)を表わしたシミュレーション表がある。

(三)  猪野は、右シミュレーション表の、現状レートである一豪ドル一一九・八五円の部分に線を引き、現状では本件ローンの実質金利は四・七パーセントであること、一〇四・六〇五九二一一円まで円高になっても円ローンの金利よりは有利であること、しかし為替相場に左右されることを、また、増子は、このほかに、インデイケーションの裏面に書き込みをしながら、本件ローンでは六か月ごとに利払いをすることと、先物為替予約をすると本件ローンの実質金利が確定することを説明した。

原告は、猪野らの説明を聴きながら、通貨スワップによる金利の受取額と支払額の数字や、金利軽減の数式を「ご案内」に書き込んだ。

5  さらに、猪野は、同月末ころ、被告滝野川支店において、原告に対し、「ご案内」(乙二と同種のもの)を示して、改めて本件ローンの説明をして原告の最終意思確認をしつつ、取引の勧誘をした。

6  なお、猪野は、平成二年四月ころから本件契約締結までの間、原告に対して本件ローンを勧めた際に、本件ローンが円安期待型商品であることや、一年間程度は市場金利より安い金利で借入れができる見通しであること、円高になった場合にリスクを負う旨の説明はしたが、自らの相場観からみて大幅な円高になるとは予想していなかったこともあって、実際に円高になった場合にどう対処するかについての説明はしていない。増子も同様である。また、猪野は、中途解約は原則としてできない旨述べている。

原告からは、本件契約締結まで、特に質問はなかった。

7(一)  平成二年七月二六日、本件契約が締結され、原告は、金銭消費貸借契約証書等のほかに、本件スワップ契約の合意を証する覚書及び「Aドル/円コンビネーションローン指値注文書(小口分)兼成約通知票」(以下、「成約通知票」という。)の確認欄にも署名押印した。

(二)  右覚書には、本件スワップ契約の各通貨交換日における原告の支払予定額(三二〇二万四一〇〇円)及び受取予定額(三〇万四二〇九・一八豪ドル)の記載並びに予約レートが一豪ドル一〇五・二七円である旨の記載がある。また、前記成約通知票には、本件円ローン契約の内容と、本件スワップ契約における円及び豪ドルの各基準元本の額(三億円と二五五万一〇二〇・四一豪ドル)並びに右各基準元本に対する利息(固定金利)の記載がある。

(三)  なお、右成約通知票によれば、本件通貨スワップ契約における基準元本の交換レートが一豪ドル一一七・六円で、これが本件契約時の為替相場であり、本件通貨スワップ契約における予約レート(損益分岐点)である一豪ドル一〇五・二七円よりも円安の状況にあったから、本件契約後に円高が進んだとしても、一豪ドル一〇五・二七円に至るまでは、被告は為替差益によって本件契約の実質金利を軽減することができるはずであった。

8  原告は、当初、借入金を主に大口定期預金として運用したが、平成二年一〇月ころから、増子の紹介により、訴外菱光証券株式会社との間で株式投資を始めた。

9  第一回及び第二回の通貨交換(平成三年一月二六日及び同年七月二六日)のために、原告と被告との間で、別途、豪ドルの先物為替予約がなされており、原告は本件スワップ契約に基づいて受け取る豪ドルについては円との交換レートを固定し、ある程度の為替差益を得た。しかし、第三回以降の利払日には、交換レートが本件スワップ契約における予約レート(損益分岐点)よりも円高となったため、原告は為替差損を被った。なお、右第三回分以降に関しては、先物為替予約はなされていない。

10  原告は、平成六年一月一八日付けで、被告に対し、為替リスクの説明を受けていなかったことなどを理由として第七回(平成六年一月二六日)の清算金の支払いを控える旨通知した。結局、原告は、第七回の清算金の支払いはしたものの、第八回ないし第一〇回(最終回)の各清算金の支払いはしていない。

二  説明義務違反について

1(一)  銀行等が、顧客に対し、取引に伴う損失の危険性が大きい金融商品を提供する場合には、銀行等は、予め右商品の概要を知っている顧客に対する場合を除き、信義則上、顧客が自己の受け得べき利益ないし損失を検討した上で契約を締結するか否かを判断し得るだけの説明を行うべき義務を負うというべきである。

(二)  本件スワップ契約においては、前記のとおり、通貨交換日における為替相場によって、原告の取得する円(被告から受け取る豪ドルを改めて円に交換したもの)の価額が変動するのであり、本件スワップ契約における予約レートよりも円安になれば利益が生じ、円高になれば損失が生ずることになる。しかも、通貨交換に供する金額も高額な上、為替変動は極めて予測のつけにくいものである。この意味で、本件ローンはリスクの高い金融商品であるといえる。他方、原告本人尋問の結果等によれば、原告は、本件契約以前には本件ローンのような為替変動によって左右される金融取引を行った経験がなく、被告に勧められるまで本件ローンの内容については知らなかったことが認められる。

したがって、以上のような本件ローンの特質及び被告の経験、知識等にかんがみると、本件契約を締結するにあたり、被告は、原告に対し、本件ローンの概要及びその危険性について適切な説明をすべき義務を負っていたというべきであり、具体的には、

<1> 本件ローンの実質金利が為替の変動によって左右されること

<2> 為替レートごとに本件ローンの実質金利は具体的にいくらになるかということ

<3> 損益分岐点となる為替レートの数値と、損害を回避する方法の有無及びその内容

を説明すべきものと解する(原告は、流動性リスクについてまで説明すべきである旨主張するが妥当ではない。)。

そして、その具体的な説明の程度ないし説明義務の有無の判断は、顧客である原告の知識、職業、投資経験、年齢等に基づく理解力に即し、かつ、勧誘方法・態様に照らして具体的に判断すべきものである。

2(一)  これを本件についてみるに、前記一の認定事実によれば、増子や猪野は、原告に対し、本件ローンの槻要を記載した「ご案内」を示しながら、本件ローンが豪ドルと円とを交換することによって借入金の実質金利を引き下げることが可能であること、ただし、円安期待型の商品であり、円高になると実質金利の引き下げはできないこと、したがって、為替相場に左右されるものであること、本件スワップ契約における予約レートが損益分岐点であること及び為替レートの変動によって本件ローンの実質金利の額(率)がいくらになるかということ、先物為替予約という方法によって本件ローンの借入レートを固定できることなどを説明したこと、また、本件ローンの勧誘を始めてから本件契約締結までの約三か月の間に、少なくとも二回にわたって「ご案内」を原告に交付したことが認められる。してみると、被告は、前記1(二)<1>、<2>の説明を一とおり行ったというべきで、また、前記1(二)<3>の説明も一応なされているものと認められる。

これに対し、原告は、増子や猪野の説明を聞いたり、「ご案内」を見ても、本件ローンの仕組みはよくわからなかった旨供述する。確かに、本件ローンは-般的にはなじみのない商品であり、複雑な仕組みの詳細までは理解し難い面がある。しかしながら、原告は、「ご案内」の右下にある本件ローンの実質金利(借入レート)を為替レートごとに表わしたシミュレーション表の意味を理解したのであり、したがって、また、為替レートの変動によって本件ローンの実質金利が増減すること自体は了解していたこと、被告の社員が行った説明を「ご案内」に書き込んでいること、実際に、第一回及び第二回の通貨交換に備えて先物為替予約をしたことが認められる。以上の点に加え、原告自身が長年ガソリンスタンドを経営する企業の代表者であったことから銀行金利についての知識は当然有していたことをも勘案すると、原告は、本件ローンの基本的な仕組み並びに為替変動リスク、損益分岐点、先物為替予約の意味を十分に理解したものというべきである。

(二)  なお、原告は、増子や猪野らが、本件ローンの実質金利が必ず軽減する旨の説明をしたとも述べる。しかし、本件スワップ契約における予約レートよりも円高にならないとの説明を受けたわけではないと原告自身も認めているところであり、また、前記「ご案内」を見れば円高の可能性もあることは明らかである。したがって、確かに、猪野は原告に対し一年間程度は市場金利より安い金利で借入れができる見通しである旨を述べてはいるものの、それは自らの相場観を披瀝したものであって、断定的に本件ローンの実質金利が軽減する旨を述べたということはできない。

(三)  また、増子の行った説明は、受け取った豪ドルを円と交換するときのレートを固定するという趣旨に止まるものであって、為替相場が悪化した場合、すなわち円高になった場合のリスクの回避方法としてなされたものとはいい難い。「ご案内」の書面上も、「円安が進んだ時点で先物予約をすることにより事前に借入レートを確定することが可能です。」とあるだけで、円高になった場合の危険回避方法として記載されているものではない。もっとも、先物為替予約の方法は、実際に円高が進んだ状況においては為替差損を固定することになるため、利用するのが良いかどうかの判断は難しいというべきである。してみると、被告がなした先物為替予約についての説明は、為替差損が生ずるか否かという将来の危険を予め回避する方法としてのものといえるが、実際に円高になった場合の有効な対処方法がない(後記の中途解約の点を除く。)以上、その程度の説明であっても、損害を回避する方法の有無及びその内容としての説明をしたことになるというべきである。

(四)  原告は、変動リスク回避方法としていわゆる逆スワップの説明まですべきであった旨主張するが、借入レートを固定する方法としては先物為替予約と大差がないから、主張は理由がない。

3  よって、被告には、説明義務違反は認められない。

三  アフターフォロー義務違反について

前記二のとおり、被告においては、本件ローンの概要及びその危険性について説明をなしているのであるから、損益分岐点を超えて円高が進んだ際に、原告の申し出がないにもかかわらず被告の側から進んで本件契約を解約するようにアドバイスすべき法的義務までは認められない。

四  中途解約に応ずべき義務に違反したか否かについて

1  本件ローンは、前記のとおり、円ローンと通貨スワップを組み合わせ一定の期間継続させることを予定しているものである。また、金銭消費貸借契約証書や念書でも、期限前弁済は被告の承諾がなければできないと定められている。してみると、本件ローンについては中途解約は原則としてできないものと解せられる。前記認定のとおり、猪野も、原告に対し本件ローンを勧める際に同旨を説明している。

しかしながら、本件ローンは、前記のとおり為替変動リスクを伴うものであり、右リスクを予め回避する方法として先物為替予約があるものの、一旦、円高となり、その傾向が継続する見通しとなった場合には、先物為替予約ではもはや対応しきれない事態となることは明らかである。したがって、本件ローンの危険が現実化し、それが継続する虞れが明らかになった場合には、信義則上、顧客の損害の拡大を止める方途として中途解約を認めるべきであり、右の場合に顧客から中途解約の申し出があったときには、本件ローンの提供者、すなわち銀行は、キャンセル料の支払いを条件に中途解約に応ずべき義務を負うといえる。

中途解約の具体的な内容は、本件に即してみると、キャンセル料を支払った上、本件スワップ契約を解消し、既に借り入れている三億円について返済期限を維持しつつ、その金利を中途解約時の市場金利に変更するということである。

2(一)  そこで検討するに、原告は、平成三年七月ころ、閉店直後の被告滝野川支店に出向いて、坂野宏常支店長(以下、「坂野」という。)に対し本件契約を解約したい旨申し入れたが、坂野から即座に「それはできません。」と言われたので諦め、以後、中途解約はできないものだと思っていた旨供述する。ところで、吉田義雄や矢崎恒郎の陳述書(<証拠略>)、平成三年七月ころ、矢崎燃料の顧問税理士である吉田義雄が、原告に対し、本件契約について、「そんな訳のわからない変な取引はやめたほうがいい。」と忠告したこと、その一、二か月後、吉田義雄は原告から、被告滝野川支店に行ったけれど解約はできないらしいと聞いたこと、平成五年一〇月ころ、当時の被告滝野川支店の高橋支店長は、原告及び原告の長男である矢崎恒雄に対し、本件契約は解約できない旨を述べたことの記載があり、原告の前記供述を裏付けている。また、前記のとおり、本件ローンは原則として解約できないものであり、猪野もその旨説明したのであるから、坂野から解約はできないと言われた旨の原告の供述と整合する。

(二)  これに対し、坂野は、概ね、原告からの本件契約の解約の申し入れは一度もなく、かえって、平成三年七月よりも後に、坂野の側から進んで、原告に対しキャンセル料を支払えば解約することもできると説明し、数回、キャンセル料の計算書を原告に提示したが、原告が興味を示さなかった、ただ、原告から損失を被ったことについて被告が面倒をみてほしいといわれたことはあり、それはできないと答えた旨証言する。しかし、被告の側から原告に提示したというキャンセル料の計算書については、平成五年九月二〇日付けのものより以前のものは見つかっておらず、また、坂野がキャンセル料の話をしたという時期についても特定できていない。してみると、前記原告の供述と対比すると、証言内容は必ずしも明確でないというべきである。

(三)  もっとも、原告の供述を前提としても、平成三年七月の段階で、坂野から中途解約ができないと言われた際、原告はその理由を尋ねていないし、キャンセル料による解約の余地を聞き出そうともせずすぐに解約を断念していることになる。また、原告が中途解約を申し入れたという時期と同時期である平成三年七月二二日付けで、原告は豪ドルの先物為替予約(売り)をしていることが認められる。

(四)  してみると、原告が、坂野に対し、本件契約の中途解約について打診をした可能性は認められるものの、中途解約の意思を明確に表示したということまでは認定できないというほかない。

3  次に、2で検討したところによると、平成三年七月ころ、原告が中途解約の可否を打診した際、坂野が、本件契約の解約はできないという趣旨の発言をした可能性はある。しかし、そうであったとしても、前記1のとおり本件契約が原則として解約できないものである上、平成三年七月当時は、確かに円高傾向にあったとはいえ、本件契約における実質金利が年八・一パーセント(すなわち本件スワップ契約における損益分岐点)前後に止まっていたのであって、原告の損失が拡大した時期ではない。してみると、この時点では、未だ、原告の被る損害の拡大を止める方途としての中途解約に応じないことが信義則上許されないものとまではいえない。

4  したがって、被告の対応に違法性があるとはいえない。

五  よって、原告の主張はいずれも理由がなく、被告には不法行為ないし債務不履行の責任は生じない。

六  以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

[別紙]

本件コンビネーションローンの金利等推移

(単位:円)

<1>、<2>、<3>、<4>、<5>

回数利払日スワップ決算日、金消の支払利息、スワップ益(△は損)、差引(<2>-<3>)、実質金利(年)

1、(H3)1991.1.28、12,555,000、4,447,538、8,107,462、5.303%

2、(H3)1991.7.26、12,082,500、106,473、11,967,027、8.140%

3、(H4)1992.1.27、12,487,500、△4,070,319、16,557,819、10.889%

4、(H4)1992.7.27、12,285,000、△3,805,657、16,090,657、10.786%

5、(H5)1993.1.26、12,352,500、△6,583,087、18,935,587、12.589%

6、(H5)1993.7.26、12,217,500、△9,543,298、21,760,798、14.627%

7、(H6)1994.1.26、12,420,000、△8,012,870、20,432,870、13.511%

8、(H6)1994.7.26、12,217,500、△9,777,283、21,994,783、14.785%

9、(H7)1995.1.26、12,420,000、△8,922,455、21,342,455、14.112%

10、(H7)1995.7.26、12,217,500、△12,360,019、24,577,519、16.521%

3~7、小計、61,762,500、△32,015,231、93,777,731、--

8~10、小計、36,855,000、△31,059,757、67,914,757、--

(裁判官 小西義博)

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